まほろばで君と

私小説『昨日のような遠い記憶・唯一のコンパ編』第4話「束の間の楽しい記憶」

 <前回の話>

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[1994年の話・主人公は25歳]

 

 10月のある日、知美から何度目かの手紙が届いた。

1994年は携帯電話の普及率が3~4%でメールもなかったため、連絡する方法は自宅に電話をかけるか手紙しかなかった。善晶も知美も実家に住んでいるため本人が出るとは限らない。電話を掛ける時間帯も限られる。その点、手紙はそういうことを気にしなくて済む、ただし、一往復するのに4日程かかる。デートの約束ひとつするにも不便な時代だった。

 

手紙には行きたい所、日時と待ち合わせ場所が書いてあるが、知美の仕事の都合で待ち合わせ時間が変わりそうな時がある。

そんな時は午後5時20分頃に会社に、「親戚のフリしてかけてきて」とあらかじめ言われている。善晶は少し緊張して、F1のスポンサーをしている大手製薬会社の本社に電話をかける。ただし、この手はそう何度も使えない。

 

知美から手紙が届いた翌日、希望の日時や場所で大丈夫かどうかと、善晶が雑誌で調べたその次に行きたい所や希望日時を打診する返事を送る。もし、この時にメールがあったら、どれぐらい会っただろう? 結局、どちらでも変わらないかもしれないが……。

手紙には希望する日時を書くだけじゃない。手紙だから言える悩み事や内緒にしていることも書く。会っていない時もこういうことで信頼関係が積み重なる。

 

 

 手紙が届いた週末、知美がリサーチして希望したレストランに行った。

奈良県の香芝インターチェンジ付近にあり、おしゃれなのに大衆価格でフロアがやたら広い。店内は陽気なメキシカンの生演奏でにぎやか。

入店時に誕生日を聞かれた。料理を待っていると、あるテーブルにサプライズで店員数名が来て、生演奏でハッピーバースデーを歌った。それが終わると客全員が拍手した。他の客もハッピーな気分になれる演出だ。

 

彼女は積極的と言えばいいのか、オープンと言えばいいのか、食べている時、「この辺のラブホテル安いねん。学生時代に1回だけ行ってんけど」と、有数の進学校を出た優等生っぽくないことを言う。そんな話をするようには見えないが、コンパした仲間でも善晶にだけ言えるのだろう。善晶は、知美のそんな飾らない、気取らないところに魅力を感じた。

 

 

 その2週間後の土曜日、知美の従兄弟が経営している喫茶店で待ち合わせをした。従兄弟が話しかけてくる様子はなく、知美も気にしなくていいと言うので普通に話していた。

30分ほど経って、情報誌に載っている郊外の行列ができるレストランに向かった。少し早いが知美の23歳の誕生祝いも兼ねて。この店は2人でシェアするオマール海老のリングイネが美味しい。

 

その帰り、再来週の平日の夜に会う大まかな計画を立て、詳しい日時は手紙で連絡して、当日、知美の会社に確認の電話をすることになった。メールのない時代はお互いの都合が変わってもすぐに連絡できないため、どうしても先になってしまう。付き合っている訳じゃないからそこまで踏み込めないというのもある。

 

 

 約束の日、大阪市内の知美の会社と善晶の自宅の間にある地下鉄御堂筋線長居駅を上がった所で待ち合わせ、知美が勧める焼き鳥屋に行った。焼き鳥が美味しいだけじゃなく、大理石調の落ち着いた店の雰囲気が良くて、まったりした時間が流れる。もう何度も2人で会っているので、最初の頃の改まった感じはない。

 

店を出た後、車の中で話そうということになり、長居公園の広い駐車場に行って車を止めた。夜なので他に止まっている車は見当たらない。人と言えば、数十メートル先にスケボーをしている数人の高校生がいるだけだ。

善晶が手を繋ぎたいと言い、2人の間の肘置きにつないだ手を置いた。すると、知美はその繋がれた手を自分の中心に持って行き、両手で善晶の手を包み込んだ。会話が止まり、しばらく沈黙が続いた……。

 

 

 

 善晶が退院して、みんなでバーベキューをした時は夏真っ盛りだったが、月日が経ち、寒くなってきた。焼き鳥屋に行った後も会って、12月になろうとしていた。

知美は善晶の2歳下(3学年下)だが、ずっと大人だった。善晶は「教えてもらっている」という感覚をもつ時がある。知美もそれを喜んでいるようだ。

 

 12月4日日曜日、この日はボクシング世界バンタム級王座統一戦、薬師寺保栄辰吉丈一郎の大一番がある。善晶は大阪ボクシング界のカリスマである辰吉丈一郎のファンで、毎試合録画して見ている。しかし、その試合があることをすっかり忘れて録画予約していない。そして、その日は知美と会うことになっていた。

 

当日会っている途中に試合があることを思い出した。後の祭りだと思ったと同時に、そんな日に中橋知美という女性に会っていたことがこの先ずっと記憶に残るだろうと、知美の顔を見ながらそう思った。実際に晩年の今も記憶に強く残っている。

 

 その日の最後にショットバーに寄り、2人でカウンターに並んだ。

善晶はグラスホッパー、知美はスクリュードライバーを頼んだ。善晶はグラスホッパーがお気に入りで、いつも数杯飲むが、ミントの爽やかさの割にアルコールが強いと知美に話した。すると知美が、

 

ロングアイランドアイスティーってカクテル知ってる? 名前を聞いたらジュースっぽいけど、めっちゃアルコール強いねん。だから、それを勧めてくる男の人は危ない。」と、女性の間で知られている話をした。

 

飲み始めてしばらくして、マスターに話しかけて3人で恋愛について話した。

善晶が教科書どおりのマニュアル的なことを言うと、知美は「そんなこといつ覚えたの?」と、いたずらっぽい顔で善晶を見る。

知美からすれば、善晶は世間ずれしていない、染まっていないと感じるのだろう。

知美は他の人がいる時は出しゃばらず、斜め後ろにいるように振る舞うが、2人の時は真横にいて大人の雰囲気を醸し出す。善晶はそのギャップにやられてしまう。

 

 2月にコンパで初めて会った時は二度と会うことはないだろうと思っていたが、何度も2人で会って、今夜はバーで飲んでいる。人と人のつながりは先がどうなるか分からないものである。

 

 しかし、この数日後、知美から聞かされる事実にショックを受けることになる。

 

<つづく>

 

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グラスホッパー

 

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