まほろばで君と

私小説『昨日のような遠い記憶・同級生編』第2話「失っていた感覚」

 <前回の話>

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[1992年5月の話 主人公は23歳]

 

 6年ぶりに再会した善晶と優子。

 

 善晶はラッコショーの間、優子を横目に奇妙な感じがしていた。高校時代と違って、女性と積極的に話せなくなった自分に違和感を覚えた。

「俺ってほんまはこんな感じじゃないよな」と、心の中でつぶやいた。

 

 ショーが終わって、「波の大水槽」に着くまでの間にみんなが雑談する中、善晶は思い切って優子に話しかけた。

 

「ラッコ可愛かったなぁ」

 

 優子も繰り返すように、「うん、可愛かったね」と答えた。

 

 6年も経っているので、話す言葉がなかなか見つからない。ちょっと気まずい。 こういう空気に耐えられない善晶は、焦りながら頭をフル回転して、話題を絞り出した。

 

大江千里聴いてる?」

 

「うん! この前、コンサートに行ってん」

 

『格好悪いふられ方』売れたもんなぁ」

 

「瀬戸君も好きやったね」

 

「俺は今はたまに聴くぐらいかなぁ」

 

 高校時代、善晶は大江千里の曲が好きでよく聴いていたが、休憩時間の会話で優子がファンだというのを聞き、それがきっかけでよく話すようになった。でも、あんまりしょっちゅう話すとクラスで噂が立つし、優子が他のクラスの男子と付き合っているのをバレー部の同僚から聞いていたので程々にしていた。

 優子は善晶の好きなタイプで好意はあったが、入学式から片思いの子に無意味な義理立てをして気持ちを抑えていた。これまで2度もふられているのに、一向に気持ちがおさまらない。こういうのを「熱病に冒されたライオン」というのだろう。

 そういう事情はあったが、優子のことも気になっていた。

 

 そうしている間に波の大水槽に着いた。5人横並びで悠然と泳ぐ魚を眺める。善晶は、魚の話をするふりをして、優子の横に立つ。何か話さないともったいない。あまり立ち入ったことを聞くのもどうかと思い、当たり障りのない話をする。自分も立ち入ったことは聞かれたくないから、サメを指さして怖いとかすごいとか、そんなことを言って間をつないでいく。

 善晶にとって、今は内容の問題じゃなく、会話すること自体に意味がある。6年の空白を埋めたいという衝動に駆られていた。こんな感覚は久しぶりだった。

 

カローラに乗ってんねんなぁ。あの型は乗ったことないわ」

 

「普通やで。軽は嫌やからあれにしてん」

 

「俺、中古のめっちゃボロいジェミニに乗ってんねんけど、女の子乗せられへんぐらいボロいからデートカーに使われへん。ただでさえモテへんのに彼女出来そうにないわ~~」

 少しわざとらしいが、彼女いないアピールをする。

 

「好きな人やったら、どんな車でもいいと思うよ」

 

 優子は、博人に誘われた時からこの日が楽しみだった。善晶が笑顔で話しかけてくることが心地よかった。優子から見れば、善晶は高校時代と変わっていない、「気さくに話しかけてくるちょっと面白い人」で、安心感とワクワク感がある。

 

 善晶は5人で来ていることを忘れてはいないが、勉強でも恋でも、熱中すると周りが見えなくなる。浩と博人は善晶のそんな性格をよく知っていた。熱しやすく、冷めにくいところも……。
 善晶は2人が察してくれると確信して優子を見ている。高校時代、本当に好きだったのは、入学式で一目惚れした子じゃなく、優子だったのかもしれない。

 優子も善晶の様子に気づいて、一緒に来た友達を気遣いながらも、善晶との距離を縮めていった。

 

 当時、『映画みたいな恋したい』というオムニバスドラマが放送されていた。バブル時代らしい少し非現実的なときめくエピソードで、誰もがそういうシチュエーションに憧れて、自分を重ねていた。
 善晶と優子も例外ではなかった。生活が彩られるような素敵な時間が欲しかった。
 善晶は自分に引け目を感じて女性に近づこうとしなかったが、逆に言えば、それだけ意識していた表れで、諦めの気持ちを持ちつつ、心の奥ではそういうものに憧れていた。

 

 優子との再会で、認められなかったそんな自分を受け入れられる気がした……。

 

<つづく>

 

 

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須磨水族園・波の大水槽

  

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