まほろばで君と

私小説『昨日のような遠い記憶・唯一のコンパ編』第5(最終)話「年賀状のち再手術」

 <前回の話>

endertalker.hatenablog.com

 

[1994~1995年の話・主人公は25歳]

 

 3か月間、連絡も兼ねて文通しているが、知美からきた手紙にこう書かれてあった。

 

「実は会社の上司と不倫しています。でも、別れようと思ってます」

 

知美のこれまでの言動からして、年相応に恋愛経験はあると思っていたが、こういうことを言われると、善晶はどういう立ち位置に見られているのか戸惑った。

もし、善晶を恋愛対象として見ていたら、こんなことは言わないだろうと思った。普通は隠すんじゃないかと……。

 

そして、こうも書いてある。

 

「瀬戸さんが私といる時間を大切にしているのが分かります」

 

知美との時間は大切だと思っている。お互いに充実した気持ちでいたいと思っている。

 

その手紙には、彼女の身体的なことも書かれていた。それを読んで、不倫に走る気持ちが少し分かる気がした。

 

 いつものペースで手紙を送るつもりでいるが、正直、どう答えればいいのか返事に困った。親しく会っている自分が肯定するのは引っ掛かる。

とはいえ、マイナスな感情を出すのはお互いのために良くないと考えている。これまで誠実さと思いやりを態度や行動で示してくれたことや、手紙で胸の内を聞かせてくれたことの積み重ねがあるから、余計にそう考えるのだろう。

肯定、否定、指示するようなことはせず、一歩引いた感じの文章で返事を書いた。善晶はどこか、その事実を無いものにできればという、現実的じゃない願望があった。

 

 5年以上、女性と付き合うことに引け目を感じて、好意があってもトラウマでブレーキがかかり、なかなかそういう気持ちを出せずに生きてきた。

しかし、今度こそは、自分の中で大きなマイナスとして苦にしてこだわっていることを無視して、相手の親に「自分の娘と釣り合わない」と思われるのも覚悟して、それを受け止めてくれそうな知美に、きちんとした言葉で気持ちを伝えようと先月(11月)あたりから考えていた。

ただ、そういう事実を聞いた数日後に自分の気持ちを伝えるのは、かえって不純な目的で不誠実と思われるんじゃないかと、要らぬ心配をするほど考えがまとまらなかった。それでも、会っている時は今まで通りにしようと思う。

 

 

 

 不倫相手の会社の上司は「けんじくん」というらしい。

 

付き合っている訳じゃないから、根掘り葉掘り聞くのは気が引ける。知美の話に相槌を打つ感じで軽く尋ねる程度にとどめた。

 

正直に言うと、その時にどんな会話をしたか、記憶に残らなかった。知美と会っていた時、思った以上に混乱していたのか、無意識に拒絶して聞いていなかったのか分からないが、次の日には、不倫をしているという事実と相手の名前、その人物と別れるつもりだという知美の言葉以外はほとんど記憶になかった。

 

 

 

 決して嫌いになった訳ではないが、結局、その日が知美に会う最後となった。

いつものペースでいけば知美から手紙がくる番だが、数日経っても届かない。でも、善晶は2回連続で手紙を送ることはしなかった。意地になっているのではなく、自分に自信がないから積極的に出られない。

 

 

 知美とそういう風になっている頃、入院していた病院に月に一度の診察に行くと、再手術しないといけないと告げられた。複雑骨折の箇所がうまく付かないので、今入れている髄内釘(ずいないてい・金属の棒)を抜いて、改めて違う種類のものを入れるとのことだった。

入院していた病院に不信感を抱いていることもあり、自らの希望で自宅から徒歩10分の所にある国立病院に転院して再手術することにした。紹介状を持って改めて国立病院に行くと、1月12日に入院することになった。入院期間は2か月、3月上旬退院予定。ちなみに、手術の3日後に阪神淡路大震災に見舞われた。

 

 再手術を控えていたが、知美に伝えなかった。その理由を言葉にするのは難しい。考えても陳腐な言葉しか出てこない。腹が立つとか、悲しいとか、そんな言葉には違和感がある。

事実を知った直後はともかく、今は誰が悪いという感覚が善晶にはなく、引け目を感じず早い段階で堂々と気持ちを言えなかったことが一番大きいと思った。だから、心配させることを言うのは気が引けたというのもある。

 

 

 当時、まだメールがなかったから、新年のあいさつは年賀状を送るのが普通だった。善晶は元々、筆まめなので、年賀状が来ない友人にも書く。知美にも書いた。最後に会う前に書いてポストに投函していた。

 

 

 

 1995年、新しい年が明けた。 元日の午後、年賀状をポストに取りに行き、誰から来たかチェックすると、知美のもあった。

なんて書いてあるか見てみると、友人に書く普通の文章だが、その最後に「お元気で!」と書いてあった。そのシンプルで明快なメッセージを額面通りに受け止めた。

 

 それ以降、知美に電話をかけることも、手紙を書くこともなかった。人づてに知美のことを聞くこともなかった。1年前にコンパに誘われるその前と同じ状況に戻っただけとも言えるが、言葉にできないモヤモヤが残る。

最初、自分なんかとは釣り合わないと思っていた相手だから、これで良かったのか? そうだとしたら、このモヤモヤの説明がつかない。

 

 誰かを好きになるというのは、相手の経歴やステイタス、未婚か既婚かは関係ないのだろう。その気持ちを行動に移すか否かの違いだけだと思う。

 

 善晶がそのことに気づいたのは、ずっと後のことだった。

今も独り身なのは、そのことを後悔して忘れられないからかもしれない。

どうすることも出来ないのに……。

 

【おわり】

 

この物語はフィクションです。

 

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いつまでも変わらぬ愛を 織田哲郎 HD