<前回の話>
[1994年の話・主人公は25歳]
9月最初の土曜の午後、善晶と知美はATCに向かった。
車内で冷房をつけていても直射日光が暑い。ZARDの最新アルバムを流して、気分だけでも爽やかにする。知美との初デートというのもある。
予想通り、土曜日のATCはすごい混みようだった。家族連れ、カップル、友達同士と色んな客層がいる。2人は早速例の占いの所に行った。
機械だが生年月日、氏名、血液型、手相を総合的にみて占う。評判になっているのか行列が出来ていて、自分たちの番になるまで30分以上待たされた。足のことがあるから、じっと立ちっぱなしでいるのはこたえた。ひざとすねが少し痛くて力が入りにくい。
足が痛いことを知美には言わなかったが、占いの結果を片手にイタリア料理のファミレスのサイゼリヤに入った。窓際の席は海が目の前に見えて、夜はイルミネーションが見渡せる。日本一おしゃれなサイゼリヤかもしれない。
人から頼まれていた知美は瞳の分もしていた。結果を見ると、恋愛運に「夜は別人のように豹変します」と書いてあった。どうやらこの占いは大人向けのようだ。
知美の結果を見ると、「大変聡明」とある。出身高校からしてまさにその通りだ。善晶は性格面に「無類のお人好しで損することがあります」と書いてある。確かに断れない性格で、自分は何をやっているのだろうかと思うことがしばしばある。
善晶がトイレに立ちあがった時に一瞬、痛そうな顔をしたので、察した知美は移動せずにここにいようとした。知美が「どういう異性の言動、恋愛が好きか?」というお題を出して、2人でああでもないこうでもないと語り合う。
「知美さんってすごく理想が高いんかなって思ってた。そんなことないんやなぁ」
「私の会社に嫌な人いるんやけど、いい大学出て一流の会社にもそんな人いるし、そこまでこだわってないねん」
「俺は相手がそんな会社に勤めてたら気が引けてしまうわ。俺には何もないし」
「瀬戸さんは大丈夫」
「そうかなぁ?いい人で終わりそうやけど……」
後で気づいたが、善晶の好きなタイプ、好きなシチュエーション、どうされたら嬉しいか、どうしてあげたいか、どうなりたいかなど、ほとんど知美に知られてしまった。
そんな風に語り合って、途中で軽い食事もして、時間が経った時に知美が、
「帰るの遅くなって電話できない時あるから、手紙で連絡したいんやけど、瀬戸さんは手紙書くのめんどくさい人?」と聞いてきた。
「ううん、そんなことないよ。文通するぐらい手紙書くの好きやで。じゃあ、住所書くわ。何か書くものあるかな?」と善晶が言うと、知美はショルダーバッグから手帳とペンを取り出して、アドレス欄を開いた。
善晶がそこに住所、氏名、電話番号を書き込んで、知美は他のページを破って自分の住所、氏名、電話番号を書いて善晶に手渡した。思いのほか字が綺麗だった。
善晶は知美に対して「ちゃんとした子やなぁ」と思った。こういう子は多くない気がする。男性が女性の内面を見て「いい子だな」と心から感じられる人は、さほど多くない。男はそういう部分で結構シビアかもしれない。
サイゼリヤに長くいて、時間は少し早かったが、そのまま帰ることになった。とにかく色々とよく話した一日だった。知美はどうか分からないが、善晶は知美への好感度がさらに上がった。
それからしばらく経って、コンパに参加した男性プラス1名、女性は瞳と知美の男女6人でカラオケに行く機会があった。善晶は機嫌よく矢沢永吉の「Anytime Woman」を熱唱し、
「Anytime Woman 軟弱な男たちにチヤホヤ騒がれていい気なもんさ 俺の視界からGet Away Anytime Woman 教えよう俺の骨は鋼鉄で出来ている 筋金入りさ Baby Baby Baby Baby Get Away」
という歌詞をニヤニヤしながら力を入れて歌った。善晶の右足はまさに「筋金入り」だからだ。
すると大輔が、「不死身の男やな!」と言って、みんなゲラゲラ笑った。
酒を飲むこともあり、善晶は杖を持参していたが、それをマイクスタンドに見立て、マイクと一緒に持って、「永ちゃん」や「尾崎」になり切っていた。
その間、善晶は瞳や知美と個人的に話すことはなかった。みんなでいる時と2人の時は区別したい。たいていの男はそうじゃないだろうか?
その数日後、瞳から電話がかかってきた。
ATCの占いの話になって、善晶が「夜は豹変するらしいね」と聞くと、瞳は「何よ~!?」と言った。それから、「金曜日に晩ごはん食べに行かへん?」と誘われて会うことになった。
約束の日、どこで夕食を取るか決めてなかったので、ドライブも兼ねて大阪中央環状線を走った。全長50キロに渡る大阪で最も長い幹線道路で、道沿いにたくさん店がある。お互い特にこれが食べたいというのはなかった。
善晶が瞳に「何食べたい?」と聞いても、瞳は「本当に何でもいいよ」と言う。ここまで来たら知らない店より知ってる店の方がいいと思った善晶は、さっき見かけたびっくりドンキーにUターンして向かった。
店に入ってこれといった会話はしていないが、善晶が食べているのを見て瞳がこう言った。
「友田君(大輔)は美味しくなさそうにご飯食べるけど、瀬戸君はいつも美味しそうに食べる。美味しくなさそうに食べる人は好きじゃないねん」
善晶はそんなところを見られているんだと思ったと同時に、食い意地が張っている気がして恥ずかしくなった。
店を出た時間が10時近かったので、善晶はごく自然に、当たり前のこととして瞳を自宅に送ろうと向かったが、運転中、ある思いがよぎった。自分は年齢に似つかわしくない奥手だからこのまま送り届けるのが当たり前になっているが、世間の男性はそうじゃないのかもしれないと……。
そう思った善晶は言った。
「手をつなぎながら運転してもいい?」
瞳は、言われた瞬間は「え?」という反応だったが、少し照れながらも嫌がることなく、肘置きに手を置いた。その手を上から重ねるように握った。その状態で運転し続けて、彼女の家の前に着いた。
しかし、瞳は車から降りず、降りる気配なく、何分も変な間が空いた。善晶はその時、分かっているような、分かっていないような状態だったが、明らかに「待っていた」のに何もしなかった。
その後、瞳からの連絡はなかった。何もしてこない善晶に冷めて、嫌になってしまったのだろう。
後日、知美と2人でいる時にこんなことを言われた。
「瞳さん、瀬戸さんが事故したのは私のせいかもしれないって、責任感じてたよ」
それを聞いた時には既に瞳と会わなくなり、知美とだけ会うようになっていた。もう少し早く聞いていたら、瞳との関係が変わっていたかもしれない。
<つづく>