まほろばで君と

私小説『月の彼方へ』第4(最終)話「二度目の再会」

 <前回の話>

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 2020年1月17日、違う世界の1994年12月10日に行き、あれから1年が経とうとしている。こちらでは1年だが、向こうでは4年経っていて、もう何回か分からないぐらい会っている。前回会った時は1999年9月になっていて、ミレニアム問題が話題になっていた。

 

 2020年12月のある日の夕方、パソコンに向かっていると公衆電話から掛かってきた。すっかり当たり前になっている。

 

「もしもし、今大丈夫? 時間が空いてたら病院に来て欲しいんだけど、いいかな?」

 

「病院? どこか悪いの?」

 

「うん、ちょっとね……徳洲会病院に入院してるんだ」

 

「家の近くの徳洲会病院? 分かったすぐ行く。元気なさそうだけど大丈夫?」

 

「来たら詳しいこと話すから」

 

 知美の声は全然元気がなく、聞き取りにくいほど弱々しい。只事ではない。2020年の用を全てすっぽかして、松原徳洲会病院に急いだ。

 

 

 40分で病院に到着した。病室に入り、ベッドの名札を見ると、入院年月日は平成11(1999)年12月10日だった。「今」は2000年3月25日だから、3か月以上入院している。知美の顔色は悪く、生気があまり感じられない。声を出すのもやっとといった感じだ。

 

「食欲なくてしんどくておかしいから、11月に診察受けたらスキルス胃がんのステージ4で、あと3か月って言われた。もう3か月過ぎたけどね」

 

 その言葉を聞いて、善晶は胸が張り裂けそうになった。話すだけでも苦しそうなので、筆談も交えることにした。知美は紙に、「落ち着いて聞いて」と書いて、神妙な顔で善晶を見てこう書いた。

 

「善晶君、未来から来たんでしょ?」

 

 いつか知られる時がくると思っていたが、いざ言われると苦しくなる。知美はしんどそうだが、紙に書かずに口に出して話し始めた。

 

「最初は分からなかったけど、付き合って3年経った頃に分かったの。善晶君は無意識みたいだけど、昔から買い物の時、消費税を5%で計算するけど、5%になったの3年前だよ。それに、全然連絡がつかないの、最初は他に女がいるのかと思ったけど、そうは見えないし、お風呂に入ってる時に鼻歌でよく『名もなき詩』歌うけど、発売する1年前から歌ってるって後で気づいた。他にもあるけど……。それって、未来から来てるって考えたら、全部つじつまが合う」

 

「なんで気づいたのに黙ってたの?」

 

「言ったら二度と会えない気がして、気づいてないフリしてた。付き合ってるのが未来から来た善晶君でも、善晶君は善晶君だし、ここまで来たらもう関係ないかなって……」

 

 無理して長く話したので、知美はぐったりして目を閉じた。命を削って話すのを見て、善晶は頭を撫でずにはいられなかった。

 

 

 善晶は、こうして自分が過去の世界と通じるようになったのは、知美に気持ちを伝えられなかった後悔の念があるからだと思っていたが、目の前にいる知美じゃない知美、つまり知美の魂に呼ばれた気がしてならない。スキルス胃がんのステージ4が何を意味するか分かっている。20年前の医療技術を考えると、いつどうなってもおかしくない。善晶を過去に呼び寄せたのは死後の知美の魂で、自分を看取って欲しかったという悔いが残って、納得したいのかも知れない。

 

 善晶は使命を果たさなくてはいけない気がした。家に帰ると2020年に戻るので、車の中で寝ることにした。時を越えて知美と会うようになってから、帰宅しない場合を考えて、車に寝袋を積んでいる。とにかくここにいなくては……。

 

 

 3日後の3月28日、知美の容体が急変し、息が途切れ途切れになった。もう手の施しようがない。2時間その状態が続き、善晶が見守る中、眠るように息を引き取った。死んだのが嘘みたいに生きているような安らかな顔をしている。ずっと待っていた善晶が来て、安心したのだろう。

 

 窓に目をやると、知美の姿がガラス越しにぼんやり写っている。時を越えてここにいる善晶にとって、もはや驚くようなことではない。実体のない知美は笑みを浮かべ、天に昇りながら消えていった。

 

 

 葬儀が終わって外に出ると桜が咲き始めていた。春はすぐそこなのに、こんな時に亡くなるとは……。緩やかな風を感じながら、善晶は悔しさをにじませた。

 

  

 悲しみは収まっていないが、過去の世界にもう用はないと思い、帰宅した。過去の世界に行ってから10日経っていて、12月20日になっていた。

 

 自室でしばらくぼんやりして、奥の部屋に行き仏壇を見ると、母の遺影の横に自分の写真があった。

 

「え? 俺は死んだのか……。一体いつ死んだんだよ!」

 

 考えてみたら、向こうの世界に行った5日前から何も食べていないのに空腹感がない。そしてそれを自覚すると、実体が無くなっていく感覚に襲われた。2020年から過去に移る時に何の違和感もないように、自分がいつ死んだのか分からない。仏壇に置いてある過去帳を見たら、令和2年12月10日に死んでいた。奇しくも知美と「再会」した過去の世界も12月10日だった。

 

 善晶の脳裏に映像が浮かんだ。知美から電話があって、徳洲会病院に向かう途中、大型車と衝突し、即死したようだ。どうりで病室に知美の両親や妹が来ても、善晶に見向きもしなかった訳だ。善晶は知美より先に自分が死んだことに気づかなかった。

 知美には病室に来た死者の善晶が見えていたことになるが、善晶が「未来人」だと確信したのはその時だった。2020年の51歳の姿に戻っていたからだ。

 

 

 ふと、善晶がベランダを見ると、ホログラムのように映る知美がいた。明らかに生身の人間ではない。そして、善晶も知美と同じ透け具合になっている。部屋に入ってきた知美は、オリジナルの1994年に人気のない夜の駐車場の車内でしたように、善晶の手を両手で握り、頷いた後、空へといざなった。まるで宇宙空間にいるみたいに重力を感じない。どんどん空に向かって昇っていく。あっという間に成層圏に到達した。

 

 「1994年12月10日」に行った時にこうなることは決まっていたのだろうか? それとも……。

 

 

 人には人生の展開や死に方が異なる無数のパラレルワールドがあり、そのうちの一つを生きている。人が羨む生き方、死に方をすることは重要じゃなく、いかに感じ、心が動くかがこの世にいる意味だ。良いことも悪いことも味わうために生きている。だから、人生で後悔することがあっても、それも心の動きの一つで、決して悪いことじゃない。

 

 他人が味わうことは出来ない唯一無二のものなのだから……。

 

【おわり】

 

この物語は一部事実が含まれますがフィクションです。

 

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「FLY ME TO THE MOON」 CLAIRE


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歌詞日本語訳:Fly Me To The Moon : 洋楽歌詞和訳・ときどき邦楽英訳(意訳)

 

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