まほろばで君と

私小説『月の彼方へ』第3話「積年の想い」

 <前回の話>

endertalker.hatenablog.com

 

 あの日から10日が過ぎた。

 2020年のこの時代に公衆電話から掛かってくることは珍しいが、1994年当時、携帯電話を持っている人は稀だったため、外から電話を掛ける時は公衆電話を使うのが当たり前だった。あの日、知美は公衆電話から掛けてきたので、電話番号は表示されなかった。自宅の電話番号などとうの昔に忘れたから、こちらから電話を掛けることはできない。もっとも、過去の世界につながると思って電話を掛けようと考えること自体、まともではないが。

 あの時は急に起こったから混乱したが、数日経つと、言っておきたかったことが浮かんでくる。「未来」のことは話さないのを前提に……。ただ、再び過去の世界に行くことになるとしても、1994年12月10日の少し後に行くとは限らない。もっと過去に行くかも知れないし、1年前に行くかも知れない。

 

 

 昼下がりにまどろんでいると電話が鳴った。公衆電話からだ。心拍数が上がるのを感じながら電話に出た。

 

「知美ですけど。やっとつながった。あれから連絡ないからどうしてるのかなと思って……」

 

「電話番号書いた紙がどこかにいってしまって。俺も気になってたんだけど」

 

「そうなんだ。今日会える?」

 

「うん。少ししてからでもいい? シャワー浴びたいから。それで、どこで待ち合わせする?」

 

「従兄弟の喫茶店でいい? こないだ待ち合わせした所」

 

 オリジナルの1994年に知美の従兄弟が経営している喫茶店で待ち合わせしたことがある。うちから車で40分の知美の自宅近くの川沿いにあった。リバーサイドみたいな名前で、「そのままだけど」と言ってた気がする。

 

「じゃあ3時半に行くわ」

 

 そんな訳でスクランブルがかかった。その場所に行ったところで1994年に変わるとは限らないが、変わらなかったとしても、時代の異なる世界だから仕方ないと思える。

 

 

 果たしてその場所に従兄弟の喫茶店はあった。中に入ると、10日前と同じ風貌の知美がこちらに手を振った。

 

「お待たせ」

 

地震の後も電話がつながらないから、まさかと思ったけど、何もなくて良かった」

 

 善晶はすぐには返事せず、瞬間で頭を働かせて理解した。そして、おもむろに新聞を取りに行った。「今日」は1995年1月28日だった。知美は何度も電話をしたと言うが、携帯電話に着信履歴はない。

 

「昨日まで、掛けようと思っても地震の影響で携帯電話が使えなかったから……。1か月以上も連絡しないままでごめんな。あれから家のことで色々あって家の電話が止められてて、連絡する余裕がなかったんだよ。」と、少し無理はあるが、なるべく矛盾がないように答えた。それからさりげなく尋ねた。

 

「どうでもいいことだけど、電話は家から掛けてたの?」

 

「そう。家から何度も掛けた。もう私のこと、どうでもよくなったんだと思ってた」

 

「本当にごめん。全然そういうんじゃないから。家のことだからちょっと言えないけど、色々あって心身共にかなり参ってた」

 

 善晶はその時、公衆電話から掛けないと、自分の携帯電話につながらないことに気づいた。今回も知美は外出中だったため、公衆電話から掛けてきた。公衆電話が2つの時代をつなげるホットラインということか? だとすると、携帯電話が普及して、公衆電話を使う人が減った時代からは、掛かってくる可能性がそれだけ低いということなのか?

 ポケベルが女子高生の間で流行った1990年代初めから95年頃まで公衆電話の利用者数はピークだったが、その後、PHSが登場し、徐々に減っていった。1994~95年は別の時代とつながりやすいのかも知れない。

 

 

 2020年の善晶は、オリジナルの1994年ならしなかった言動ができる。俯瞰で観ることが出来るため、相手が求めている言葉や行動が当時より分かる。

そんなことを考えていると、知美が口を開いた。

 

「この前会った時も大丈夫そうだったけど、もう足は良くなった? 痛くない?」

 

「うん、まだ完璧とは言えないけど、良くなってきたかな」

 

 オリジナルの1994年2月14日、善晶は運転していた車で大事故を起こして、半年間も入院していた。退院後に知美と2人で会うようになった。実際にはその後、12月下旬の診察で足(脛骨)の複雑骨折の再手術をしないといけないと言われ、1995年1月12日から3月5日まで、現在は民間病院が引き継いでいる近所の国立病院に入院していた。しかし、再手術することは知美に告げないまま会わなくなったので、この世界でも再手術のことは知らない。

 

 2人はコーヒー1杯分の会話をして店を出た。行き先はまだ決めていないが、ドライブがてら湾岸線を走った。2020年の世界では10日しか経っていないが、こちらの世界では7週間も経っている。知美にすれば、その間、連絡がなかったことはさぞ腹立たしかったろう。それだけの間、ほったらかしにされていたのだから……。

 別に善晶が悪い訳ではないが、そんなことは理由にならない。殊更(ことさら)な誠意と愛情を示さなくてはいけないが、そんなことは考えるまでもなく、当たり前にそうする。これが後悔の念の裏返しの積年の想いというものか。

 しかし、オリジナルの1994年ではそこまで強くは想っていなかった。無理だという思いが先行したからだ。知美も1994年12月10日に「再会」する前から善晶に好意はあったが、その日の出来事で気持ちが確かになった。だからこそ、7週間も連絡が取れない善晶に何度目か分からない電話を掛けた。

 

 ここはオリジナルじゃないもう一つの世界。未来が変わるとしても、それも流れの一つ。世界の数だけ未来が違ってもいいんじゃないか?

 映画やドラマでこういう状況になると、「歴史を変えてはいけない」だの「神への冒涜」だのと言うが、生身の人間が時空間や宇宙を狂わせると言う方が思い上がりだ。そんなことが出来るなら、この宇宙はとっくに崩壊している。生身の人間にそんな力がある訳がない。全ては釈迦の手のひらで起こっている。

 

 

 1995年1月28日は阪神淡路大震災発生から11日後にあたる。善晶は自粛ムードが漂っていることを経験上、知っている。知美はおしゃれな雰囲気のレストランに行く気にはなれない。善晶も同じだ。それに、今の状況が奇跡なのだから どこでもいいと思っている。

 これ以上ドライブする気にならないので、空が暗くなり始めた頃、ホテルに入り、部屋の中で食事を済ませた。早く落ち着きたかった。

 翌日まで一緒に過ごして、会ってなかった時間を取り返すかのように会話もした。善晶は、この世界では「未来」にあたる事は話さないよう気をつけた。ここでは好きにしようと思っているが、2020年まで生きてきたことや、「未来」を話すことはしない。面白がって言うことではないからだ。必要のないことは言わなくていい。

 

 この先、時代を越えて会うことが続くかどうか分からないが、長年心につかえていたものが減ってきた。それに、生きる時代が異なるから、これ以上何かを望むことは出来ないだろう。

 善晶は魂が浄化されていると感じた。

 

<つづく>

 

f:id:endertalker:20200408194739j:plain


endertalker.hatenablog.com

 

endertalker.hatenablog.com