まほろばで君と

私小説『昨日のような遠い記憶・同級生編』第4話「デート!」

 <前回の話>

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[1992年5月の話 主人公は23歳]

 

 みんなで水族館に行ってから6日後の午後2時、大阪で有名な待ち合わせスポット、泉の広場に善晶と優子がいた。

 映画館はここからすぐの所にある梅田ピカデリーで、大阪の一番ど真ん中。場所が場所だけに平日昼間でも混んでいる。

 特に観たい作品がなかったため、消去法で『愛人/ラマン』を観ることになった。しかし、善晶にとってはデートに向かない作品だった。芸術性の高い恋愛ものだが、生々しいシーンがあって、隣の優子がどう思っているのか考えると気まずかった。

 

 映画館を出て、喫茶店で映画の話になったら、優子は気まずいどころか感動していた。善晶にすれば、感動的だが気まずい方が上回る。こういうところに男女の違いを感じる。

 それにしても、1週間前の自分はこんな風に喫茶店で好きな女性と話すことなど想像出来なかった。夢を見ているよう。

 

 人ごみの中、2人で歩くと腕と腕がピタッとくっつく。すると、優子が善晶の指を掴むように握ってきた。善晶は応えるように手をつなぐ。優子を見ると嬉しそうだった。

 人気ブランドのアニエスベーの服を見に行ったり、レコード屋に行ったり、街をぶらぶらしている自分たちが自然体でいられることに、2人とも満たされた気分だった。

 

 ウインドーショッピングをしているうちにあたりが暗くなってきた。

 善晶は、『デートぴあ』でチェックして、イタリア料理店を予約していたのでそこに向かった。こういうことに慣れていないため、情報誌だけが頼りだった。ほかにも色んなことを想定して、どこにどんな店があるか、一通り把握している。

 そのイタリア料理店は、本に「隠れ家的」と書いてある通り、狭い路地を入っていったところにあった。店内はカジュアルな雰囲気で落ち着けそうだ。

 

 再会を祝してワインで乾杯した。料理がどれも美味しくて、雰囲気も手伝ってワインが進んだ。善晶も優子も胸がスーッとする開放感で満たされ、料理と会話を楽しんだ。

 

「どれも美味しい。いいお店に連れてきてくれてありがとう」

 

「デートにおすすめの店って本に書いてたからここにしてん……。そういえば、今日観た映画やけど、ほんまのこと言うたらラブシーンが気まずかった」

 

「ん~~、私は気になれへんかったけど。いい話やったもん」

 

「まぁ、そうやねんけど。隣に優子ちゃん座ってるし、なんか気まずかった」

 

「そんなん、気にせんといてよ」

 

「そやけど、水族館にいた時は1週間後にこんな感じで2人でいるとは思わんかった」

 

「自分が誘ったのによく言うわ」

 

「あのまま会うことがなくなる気がして、誘わんかったら後悔すると思ってん」

 

 善晶は、優子の自分への気持ちに確信が持てなかったが、直接確かめることも出来ずにいた。こんな状態で終わりたくないと思いつつも、店を出る頃合いになった。

 

 店を出て歩いていると、善晶が「なんか、このまま別れるのが惜しい。このままいたい」と、ワインの力も借りて率直な気持ちを言った。

 優子は「う~ん、うん」と、少しうつむいて返事にならない声を出す。

そんなやりとりをして歩いた……。

 

 

 

 

 

 翌日、2人は大阪ミナミのアメリカ村のあたりを歩いていた。大阪キタ(梅田)よりも10代が多い。優子が、「何か食べる?」と、たこ焼き屋の屋台を見て言った。

 

「座れる所がいい。心斎橋の駅の近くに有名なうどん屋があるみたいやけどどう?」と、善晶は情報誌に載っていた店を勧めた。

 

「うん、いいよ」と、優子はにっこりして答えた。

 

 うどん屋に着くまでの間、ゆうべ有線で流れていた米米CLUBの『君がいるだけで』が繰り返し脳内再生される。ドラマの影響で大ヒットしている。

 

 うどん屋の席に着いて、善晶はふーっと息をついた。しばらくして、名物のカレーうどんが運ばれ、香りが立ち込める。老舗の有名店だけあって、今まで食べた中で一番美味しい。

 2人でこうして何気なくうどんを食べることに幸福感がある。こんな風に構えずにいられることが、善晶は何より嬉しかった。

 

 うどん屋を出て善晶が、「三角公園ストリートミュージシャンの歌聴こう」と言い、三角公園に行って腰を下ろす。土曜日なので、プロを目指すストリートミュージシャンが何かしら演奏している。

 

 座っていると優子が、「水族館に行ったの1週間前やけど、すごく前のような気がする」と言った。

 

「優子もそう? 俺もだいぶ前に感じられる。先週のことやのにな」

 

 自分に変化があったからか、随分前に感じられる。それと同時に、自分はこのまま年を取るだけだと諦めるほどだったのに、何かのきっかけで見える景色がこんなにも変わるんだと、運命の不思議を感じた……。

 

<つづく>

 

愛人/ラマン』(1992年公開)予告編

https://www.youtube.com/watch?v=ObXJvC49_4k&feature=youtu.be

www.youtube.com

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