<前回の話>
[1992年5月の話 主人公は23歳]
水族館を堪能した5人は、当時流行っていたティラミスが食べられる店で食事することにした。
水族館で優子と2人で話すことが多かった善晶は、スタンドプレイ気味だったと思い、改まって5人でテーブルを囲んで話すのが少し気まずく、所作に困った。ここは話すことはあまり考えず、控えめに努めた。
浩と博人は、善晶の、女子との会話とみんなでの会話とで力の入りようが違う癖は高校時代と変わっていないと、内心思っていた。両者では見解が異なるようだ。
しかし、浩も博人もこれまでの善晶を見てきたので、嫌な気はしなかった。むしろ、数年ぶりにそういう善晶の姿を見て、安堵感のような充実したような、そんな気持ちになっていた。その分、2人(特に博人)は優子の地元の友達と心置きなく楽しんで、連絡先の交換もした。博人は最初見た時から、優子よりその友達の方がかわいいと思っていたので、都合が良かったと言える。人それぞれ好みが違うから、この世はうまく回っている。
5人でのにこやかなひと時が終わり、大阪に帰る時がきた。善晶は「次」につなげたいと思った。優子との次でもあり、自分自身の心の次でもある。 こういう時、博人の空気を読む力とまとめる力が発揮される。
「行きは男女別々やったけど、帰りは乗る人変えようや。俺と浩と彼女でシビックに乗って、せとぴーは優子さんのカローラに乗ったらええんちゃう?」
まさにウィンウィンだ。こういう奴が将来、出世すると善晶は思った。絶好のシチュエーションになることにニヤけそうになったが、グッとこらえる。優子はこの時、冷静な顔をしていたが、心境はどうだったのだろう?
善晶は優子のカローラの助手席に乗って、2人きりで帰り道を走る。
最初は今日のことについて話していたが、6年会っていなかったので、自然とお互いの現在についての話になる。善晶は「来た」と、気持ちが一気に重くなった。でも、嘘をつくわけにもいかないし、つきたくないし、覚悟を決めてありのままを話した。受験のこと、今は派遣のバイトで主にコンサートスタッフをしていること、そして、この何年かの精神状態も……。
すると、優子は何事もないような口調で、
「でも、今日の瀬戸君見てたら変わってないし、気にしなくていいと思う。私はこの前、ベルランド病院の事務を辞めてんけど、アメリカに行こうかなって考えてんねん」
色んな意味で予想外の返答だった。一瞬、言葉が出なかった。
「え!? アメリカに行くん? なんで?」
「行ってみたいねん。高校卒業して就職したし、私も好きなことがしてみたいなぁと思って……。色々調べてんねん」
「そうなんや」
優子は高校時代、クラスで常に3位以内の成績で、3年間の評定平均も4.5ぐらいあったと思われる。もし、進学していたら、浩や博人の出身大学を現役合格しただろう。だから善晶は、優子の気持ちがよく分かる。
こういう話になったので、善晶は車に乗る前から、2人になったら言おうかどうか迷っていることがますます言えずにいた。自分のことについてはひとまず安心したけどアメリカ留学……。 でも、このまま黙って何もしなかったら絶対に後悔すると思った。結果は二の次だ。
「あ、良かったらでいいんやけど、今度、2人で遊びに行かへん?」
「うん、来週だったらいいけど。どこに行くの?」
ハッとした。そこまで考えてなかった。どこに行くか……。水族館の時と同様、また頭をフル回転して、地図を思い浮かべて場所を絞り出した。
「梅田で映画見て店とか廻って、ごはん食べるのはどう? 今のバイト、コンサートの警備して、機材の搬出もするから帰るの遅いんやけど、昼過ぎぐらいに待ち合わせでもいい? あ、でも、来週は連休やから、優子ちゃんの都合に合わせるわ」
「梅田……うん」
「『ぴあ』でどんな映画やってるか調べとくわ。優子ちゃんも見たいのがあったら教えてな。明日電話してもいい?」
(※当時、全校生徒の住所と電話番号が載った名簿が配られていた)
「うん、お姉ちゃんが出るかもしれへんけど」
「ほんなら、明日の夕方に電話するわ」
昨日まで、女性とデートすることなど考えられなかったが、優子と再会して、やっとそういう気持ちになれた。長かった。
デートするのは高校3年の時、看護師をしている5歳上の女性と、彼女が夜勤明けの日に京都と奈良に初詣のはしごをして、早朝から夜遅くまで過ごして以来だ。ちなみにこの時、おみくじが2回連続で凶だった。受験を前に落ち込んでいる善晶を見て慰めてくれたことが頭によぎった。
浩や博人と違って、「デートする」という行為そのものが新鮮に感じられる。優子との空白だけじゃなく、人生という意味でも数年間の空白を埋めたいと思った……。
<つづく>