まほろばで君と

私小説『昨日のような遠い記憶・同級生編』第6(最終)話「大切なもの」

 <前回の話>

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[1992年12月、93年3月の話 主人公は23~24歳]

 

 12月上旬、街は赤と緑のクリスマスカラーの装飾が施されて、『We Wish You a Merry Christmas』が流れていた。

 

 善晶と優子はオムライス専門店で夕食を取ることにした。ご飯に卵が乗った料理が好きな優子は、やはりオムライスも好きだった。この時期はどこも混んでいて、少し待たされて店に入る。 善晶は関西限定メニューのお好み焼き風オムライス、優子はビーフシチューのオムライスを2人して美味しそうに食べている。

 

 食べ終わって、食後のコーヒーを待っている時、優子が改まった口調で話し始めた。

 

「私、通訳になりたいから、4月から駿台外語専門学校に通うことにした」

 

「そうなんや。そこ、俺が行ってた駿台予備校と建物がつながってる学校や」

 

 かつて、善晶、浩、博人は駿台予備校大阪校に通っていたが、その学校法人は専門学校も運営している。校舎は一つの建物になっていて、廊下でつながっていた。高校時代のバレー部の同僚がその専門学校に入学して中国語を専攻していたので、専門学校の校舎に行って、どんな授業か話を聞いたことがある。

 その後、彼は中国語の通訳になった。だから、優子も通訳になれる可能性は充分ある。

 

アメリカに行くのは止めたけど、外国と関わりのあることがしたいと思って、色々考えて、行くことに決めてん」

 

「優子やったら大丈夫! 高校の時、成績良かったし、通訳になれると思う」

 

「ありがとう……。お父さんに相談したら、通訳になりたかったら勉強頑張らないといけないって言われた」

 

「お父さんも考えてくれてるんや。新しい目標が見つかって良かった」

 

 善晶は、優子が話している様子を見ていて、「私も好きなことがしてみたい」という気持ちは、高校を卒業して就職した当初からあったんじゃないかと思った。

 

 優子が学校に通い始めたら、今までのようには会えなくなるだろう。大きな目標ができたら、それが最優先になって、他のことが二の次になるのはごく自然なことだというのを善晶は経験しているから、そうなるだろうと想像がつく。だから、そこは分かってあげたいと思う。善晶は会話をしながら、そんなことを考えてコーヒーを飲んでいた。

 

 こういう真剣な話の後なので、どこかに寄る気にはなれず、そのまま帰ることにした。

 

 

 

 

 

 1993年3月20日春分の日、別れは突然やってくる。

 

 「いきなりこんなこと言ったら驚くと思うけど、別れるって言うつもりで今日、会いに来た。ちゃんと説明しないと納得できないと思うし……。説明しても納得できないかもしれないけど……」

 

 向こうはある程度、気持ちの整理をつけてから言うのだろうが、切り出された方は困惑する。大きな喧嘩をした訳じゃないし、決して仲は悪くない。

 善晶が途方に暮れたような顔をしていると、優子が辛そうな顔で理由を話し始めた。2人だけの話じゃないと悟った。

 

 話が終わり、帰る車の中ではお互い、一言も言葉を発しなかった。

優子の家に着いて、別れ際に手紙を渡された。その一節にこう書かれてある。

 

「気持ちは今もあなたのことが好き……。きっとあなたは全てを抱え込んでしまいそう。できれば重く考えてほしくない。それこそ、無理かもしれないけど……」

 

 倫理的に問題がない独身の若い男女が別れる理由はいくつか考えられる。 どちらかに愛がなくなった場合、喧嘩別れの場合、どちらかが遠くに転居する場合、相手の親に反対された場合etc.

 

 どんな理由かは敢えて明言しない。別れることになった時、善晶は自分自身が恨めしかった。やはり自分は人と付き合うべきではなかったと思った。ただそれは、優子という女性と付き合ったことへの後悔というのとは違う。そこに後悔はない。

 

 ひとつ確かなことは、今、嫌な思い出にはなっていない。それがすべてだと思う。もう理由なんてどうでもいい。これほどまでに誰かに夢中になれるなんて、人生でそう何度もあることじゃないから。

 男女が円満に別れることなんてない。でも、だからといって、2人でいた日々を否定することはない。そこに歓びを感じたし、お互い許し合って、構えることなく、自分らしく過ごせた時間があった。それがあるのなら、きっと大切な自分の一部になる。それをも否定することはない。自分自身に嘘をついて、その事実までごまかすことはない。

 

 その渦中は気づかなかったが、後になって理解できることもある。どちらか一方が悪いのではなく、お互いに未熟だったが故に終わる場合もある。そういうことも、せめて後で気づけたら、それはいつか、いい思い出に変わると思う。

 

 月日が経って記憶が美化されたとして、それの何が悪い?

 そうなるのは、大切な自分の一部になったという証拠なのだから……。

 

 

 

 それから13年後、善晶は、大学の通信教育を受講して、高校教員採用試験に挑戦した。 何かに挑戦したい気持ちは死ぬまで消えない。

 

【おわり】

 

この物語はフィクションです。

 

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パステルラブ」 尾崎亜美(1983)


パステル ラブ 尾崎亜美